偏らない難しさ

2017/ 07/ 10
                 
善と悪は全く同じ質のエネルギーなのだが、敵対しているものと思われているのが歯痒い。違いと言えば進む方向くらいなもので、互いにその存在意義を依存する関係にある。要するに、善と悪は紙一重で、いつでも入れ替わることができるのだ。例えばの話し、最悪の犯罪者を刑事にすれば希に見る検挙率を叩き出すだろうし、逆に刑事が反社会組織の幹部になることも簡単で、この社会には実際に元刑事の暴力団幹部が存在している。早い話しが、悪がいなくなると正義が存在できなくなるのだ。従って、正義は常に適度な悪を生産し、育んでいるはず。余程誠実でなければ、この世界で少しも傾かずに中心にいることは難しいかもしれないが、それができれば、人は悪魔と遊ぶこともできる。
                 

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