時間に関する洞察

2017/ 07/ 11
                 
学生時代、「時間について、小学6年生にも理解できるよう、1分で説明しなさい」...と言う課題を出され、頭を抱えたことがある。いつも無理難題を突きつける教授だったが、それに比例するユーモアも持ち合わせた面白い先生だった。「何でも良いから、私を笑わせ、唸らせる小論文を提出しなさい。面白かったら、残りの講義は出席しなくても単位をあげます」...なんてことも言う人で、私は「幽体力学」というテーマで原稿用紙50枚を提出し、10回の講義を欠席した。で、時間の話しだが、「観測者の置かれた環境により、時間の長さは変化する」と誰かが言っていたのを思い出した。この短い言葉にどれだけの深い理解があるのかなんて想像もつかないが、要するにこう言うことだなと、「大嫌いな先生の授業の時間はとてつもなく長く感じるけれども、大好きな友達と遊ぶ放課後の時間はあっと言う間に終わる...つまり、自分が今どんな状況にいるかで時間の長さは変わるから、誰もが同じ長さの時間で生きているとは限らないんだよ」...そんな風に説明し、単位をもらった。実際は誰も本当のところはわかっていないんだろうな。無数の時代がそれぞれ違う周波数で同時に進行し続けているパラレルな世界の仕組みを、きちんと説明できる人なんていないだろう。この観念を述べた人は、左右の脳が常時同時に情報を共有しているような壊れた人だったんじゃないのかな?。まぁ、天才と呼ばれる人には何かが異常なことが多い。とりあえず私は、今ここで生きていられることを楽しみたい。
                 

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