環境の選択

2017/ 07/ 25
                 
生まれる前の記憶を持ち続ける人が希にいるけれども、彼らが口を揃えたように言う言葉がある。「ここだ!」だ。自分が生まれる場所を確認し、ここだと思った母体に宿ったと言う。母親になる人が可愛かったとか、その土地が気に入ったとか、まるで思い付きで決めたかのように語る人もいれぱ、両親との縁を頼りにしたとか、そこにある関係性に参加する必要があったとか、計画的な出生をほのめかす人もいる。記憶がある人は、自分が生まれてきたことを他人の責任にはしない。つまり、自らの選択によりここにいる自覚があるのだ。従って、「どうして私を産んだの?」とか、「勝手に産んでおいて何言ってんの?」だとか、親や環境に対する責任転嫁が一切なく、誰もが潔く生きている。これがあるかないかでスタート地点が随分違う。最初から持つ情報量の違いは人生の質を大きく変えてしまうものだ。記憶がある理由は人の数だけあるので説明や解説は難しいが、やはり知っている所から積み始める体験は深い知恵を生む。最近、そんな子供たちが増えていることに気付いた。あなたは、何か覚えていますか?。
                 

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